さよなら名将、上田監督

ひとりごと
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阪急ブレーブスを率いた名将、上田利治監督が亡くなられた。

僕は甲子園に住んでいたけど、阪急が好きで阪急電車のCMが見たいがゆえに、


沿線が舞台になってる金曜夜7時の阪急ドラマシリーズや、休日の午後、試合展開に関わらず時間通りに終わる関テレのブレーブス中継を見ていた。

西宮球場にも行った。
甲子園にはなかった高ーい二階席やアストロビジョンでの応援映像や早見優が歌うYES! YOU WIN 阪急とか、ブレービーとか。


タイガースファンの方には申し訳ないけど、当時(1980年代前半)の甲子園より全然洗練されていて、楽しくて。でも全然人居なくて、ガラガラのスタンドにブーマーがホームラン放り込んで、ボールが跳ね返るシーンを山ほど見た。

好きな選手もいっぱい居た。今でも名前めっちゃ言える。
野手だと、福本、福良、松永、ブーマー、石嶺、蓑田、熊野、山森、本西、弓岡、藤田、中嶋、南牟礼、福原、ウイリアムズ、藤井、高橋。
投手だと、山田、山沖、佐藤、今井、古溝、星野、アニマル。

僕は1978年生まれなので物心ついた時からブレーブスの監督はずっと上田監督だった。

球場も楽しいし、粒ぞろいの選手達、そして選手達を束ねる上田監督。

なんで強かったのに、楽しかったのに、お客さん少なかったんかなぁ。。

今思えば、この頃からみんなが好きなものとは違うものに喜びを見いだしていたのかもなと。

上田監督、僕はあなたが率いたブレーブスが大好きでした。


喜びも哀しみも教えてくれたブレーブスと上田監督、本当にありがとうございました。

心からご冥福をお祈り申し上げます。

(※写真はベースボール・マガジン社「阪急ブレーブス黄金の歴史」より)

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