「なんのための仕事」刊行記念 西村佳哲×原田祐馬 トークセッション(第二部編)

「なんのための仕事」刊行記念 西村佳哲×原田祐馬 トークセッション(第二部編)

第二部、西村さんの話。

書いてきた本のお話が中心でした。

30歳で退社後、AXISの連載 働き方研究

●「自分の仕事をつくる」(2003)
「人の仕事で世界はできている」
20代の後半で気づいたが、本になったのがその10年後。
それまではネタとられないかヒヤヒヤ。

「成果はプロセスの結果にすぎない」
「他人事の仕事」と「自分事の仕事」がある。
他人に頼まれても自分事にする。

働く願いを形にする本。Let’s仕事な本。

●「自分をいかして生きる」(2009)
「『自由』と『Free』はちがう」
→自分の自己選択
でもそれって本当に自由?
当たり前のことに対する問いを書いた本。

「『働く』ことを求めているのは誰?」
都会には働いている、お金を使っている人の居場所はあるけど、
働いてなくて、お金を使ってない人の居場所がない。
→都合のいい状態。
人を働かせておくことは結構うまい社会調整だよね。

「『働く』→『はたらき』」
仕事を見る時「産業」の見方しかないよね。
「営み」「暮らし」って目線が本当にない。
↓そういう中で
「デザインって何に使う?」

●「なんのための仕事?」(2012)
「まちの保育園」の話
「エフスタイル」の話
「私達は自分達が作りたいものがないんだ」
この言葉にショックを受ける
大切な人を見つけて、一緒に生きていくために形にしていくために
デザインの力を借りる

「自分にとって大切な人たちと共に生きてゆくために」
デザインというスキルの使い方はいっぱいある。

「ミッション先行ではなく『居合わせた人がすべて』方式で…」
人が疎外されない仕事


原田さん「まえがきから1章が感動」
福田さんの話。「まちの保育園」の用務員さんになりたい。
芸大出た人がそういう働き方できるようにならないかなと。
自分が作るからそれを壊して新しいものに作り変えることが容易。

まさに生業。

はたらきがある。

何かをする。Doing。
してなくても発生してしまう。Being。

Being=川口由美子さんのお母さんのALSの話。
(全身が動かせなくなるALSの患者でも
 かすかな動きで意思表示をする)

Doingは差し替えが可能
はたらき(=Being?)はその人以外に変え難いもの

だから充実

お互いがお互いを感じること


その人のキャラクター
いやキャラクターという言葉ではなく
パーソナリティーという言葉のほうがフィットするんじゃないか。

キャラクター=表面について来るもの
その奥にあるものがパーソナリティー。
ペルソナという言葉もある。
ペルソナ=仮面→パーソナリティーは仮面?違う!
ペルソナは仮面もそうだけど、その仮面奥から聞こえてくる声。
つまり、その人そのもの。

と考えると
声が持ってるはたらきってすごくあるな。

自分が感じていることやありたいということと一致。
相手がそういう状態にあるかどうかをつぶさに見れる。


●原田さんリスペクトおりさきさんの話
存在自体混沌としてる。
飲んだら朝の8時くらいまで喋る。

おりさきさんは折り目をつけられるカッターの刃を毎日つくってる。
考えるとつくるがフィットしている。

同じものが同じように優れたものである必要がなくなってきている。

ああいうあり方もあるんだ。

心の中になんか…と思っていることを作って見せる。


●最後に西村さんから原田さんへ質問
「なんのために働いてんの?」
生活は生きる活動だと思っていて、
働くこと自体も生きるための活動だと思っている。
自分は今何ができるのかを常に考えて、続けて行くこと。
自分に何ができるか?
=お金を稼ぐではない。

「お金はどう考えてる?」
あったらいいもの。
打ち上げやごはんに使うのに必要やけど、
そんなに執着してない。

稼ぐと儲けるは違う。
儲ける必要はないけど、稼ぎは必要。

言葉も丁寧に扱いたい。
正確にことばを伝えるために。
そうやって働いていけるといいな。


というのがひと通りの流れ。
次のポストで感想書きます。

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